ミラノサローネを体験して豊かさについて考えてみます

四月上旬にミラノで開催された「サローネデルモビーレインテルナチオナーレ」を視察してきた。このイベントは通常「ミラノサローネ」と呼ばれており、もともとは輸出を前提とした家具の見本市である。見本市の会場はミラノ中心部から地下鉄で二十分ほど離れたローフィエラと呼ばれる地区にある。幕張メッセの約七倍の敷地面積という展示会場はメインストリートの左右に三階建てのパビリオンが立ち並ぶ実に巨大なもので、家具を中心とするライフスタイルデザインの領域のリードを国策として掲げるイタリアの覚悟が伝わってくる。事実、この一週間に本会場を訪れる人の数は三十五万人。企業による様々な展示を見ることを目的として訪れる人も多いことを考えると、百万人規模の入国があるのではないだろうか。ホテルの宿泊費は通常の数倍から十倍程度まで高騰し、ミラノまでの飛行機も日本からの直行便はもとより欧州の核都市からの国内便も大混雑でチケットを予約するもの一苦労という有様である。

この「ミラノサローネ」開催中は「ミラノファッションウィーク」として市内各所で数々のイベントが実施される。また世界的な企業がミラノ市内の各所で意欲的な展示を行うのも見逃せない。これらの展示は「フオーリサローネ(サローネの外)」と呼ばれ、ミラノ中心部の四つの地区で展示を見ることができる。これら数々のイベントを総称して「ミラノサローネ」と呼ぶのである。

有名な大聖堂(ドゥオモ)付近の「ドゥオモ」地区では、ベネトンが展開する教育機関「ファブリカ」の展示が、その北側の「ブレラ地区」ではブレラ通りに沿って展示が並ぶ。今年はエルメス、ルイ・ヴィトン、アウディなどのラグジュアリーブランドがそれぞれに示唆的な展示を行っていた。このエリアは日本国内からの出展も多く、岐阜県の関市による刀剣や刃物、和紙で作成したインスタレーションなどが印象的だった。ブレラ美術館ではパナソニックの展示「ELECTRONICS MEETS CRAFTS」に長蛇の列。今年最も人気の高かった展示のひとつである。

ブレラ地区から東に離れた「ヴェンチューラ地区」では学生やベンチャーを中心として雑多だが活気に溢れた展示を行っている。今年のこのエリアの目玉は北欧家具のイケアである。イケアのメッセージは「余裕を作ろう(Let us make room for what)」。生活のあらゆる面に余剰を生むことを薦めている。

「ドゥオモ」から西側「トルトーナ地区」も日本企業の出展が多く見られるエリアである。昨年はトヨタが木製の電気自動車を展示して話題になったが今年は展示なし。レクサスが例年通り未来的なインスタレーションを展示していた。日本からは他に、AGC旭硝子、慶應義塾大学、アイシンなどが出展。ほかにはサムソンやLGなどの韓国企業の展示が人気だったようである。

「ミラノサローネ」は家具、雑貨、ファッション、家電、自動車、家などについて、新しい「デザイン」を提案する場所である。「デザイン」とは特に日本国内では「形状」や「外形」「スタイリング」を意味することが多いが、欧州をはじめとする国外ではかなり異なる概念として理解されていることを特記しておきたい。世界共通認識としての「デザイン」とは社会に存在する多くの課題を、様々な技術や知恵を駆使して解決するプロセスの創造であり、むしろ工学的な概念なのである。

この意味における「デザイン」は年々その重要性を増している。いわゆる論理思考から導かれる結果が人間にとって最善とは言えないということは、金融工学が齎した富の偏在が最も端的に物語っている。こうした論理思考偏重からの揺り戻しとして、現代における人間中心主義と課題解決法である「デザイン」すなわち「ヒューマンセントリックデザイン」に期待が集まっているのである。

デザイン先進国と言われるイタリアで驚くのは老若男女問わず、最終的に商品を統一しているデザインとそれを構成する技術的な要素について知識が豊富なことである。そしてさらに感じ入るのは、あらゆる「デザイン」活動は共通の「社会課題」の解決に向けて行われている、という認識が強固なことなのである。この共通認識こそが二十一世紀の地球市民の「コモンセンス」でありまた「ソーシャルコンテクスト」と呼べるものなのであろう。別の言葉でこれを語るのであれば、「人間にとっての真の豊かさとは何だろうか?」という問いに対して、欧州のそして世界の人々は協働してまっすぐに答えを出そうとしているということである。

ミラノでの日本企業からの展示は、残念ながらこうしたコモンセンスを欠いたもの、或は不足したものだったと言える。日本の美意識は確かに世界的に高く評価されている。しかし共通のソーシャルコンテクストから切り離されたままではそれは単なるエキゾチシズムに終わってしまう。私たちは「真の豊かさとは何か?」という問いに対してまっすぐに向かう必要がある。そして私たちの力で、私たちなりの答えを見つけなければならないのである。

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