学校マーケティングについて何が提案できるか考えてみました

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現在激動期を迎えている大学。そのような中で、当社でも大学生と「働く」ということを考えるプロジェクトをスタートするなど、大学に関わる仕事も増加している。特に私学において経営を脅かす原因は、言うまでもなく少子化による就学人口の減少にある。

高校卒業者の合計は、
・2003年 128万2千人
・2014年 103万5千人(予想)
(データ:『わが国の高等教育の将来像』文部科学省)
と確実に減少している。このことからも分かるように、生徒募集の主導権は学校側から生徒側に移行しており、学校が生徒を選ぶ時代から、生徒が学校を選ぶ時代へ入っている。
では、このような状況に対し、どのような戦略が有効なのだろうか?

最近は文部科学省も大学側も何かと改革と叫んではるが、数年前まで大学に通っていた私の感想として「大学の目的は何か」といった本質論が抜けてしまっている気がしている。そもそも今までの大学は学問を教えるという立場に固執していた。よって、マーケティングなどの競争原理を導入しようとしても、学校は営利団体ではなく、損得で物事を判断する一般の企業とは異なる的なある種の誤魔化しで今日まで来てしまった。もちろん、大学と企業が多くの面で異なっていることを認識する必要はあるものの、国民の知的欲求(ニーズ)に答えるという点では同じ目的を持っているといえる。
今、大学に求められている機能は研究などアカデミックなものではなく、実社会で役に立つカリキュラムの提供であると私は推測している。
大学を取り巻く環境別にみてみると
・近年の就職難の状況から判断して学生は企業へ就職するためのアピールとなるべく実学を望んでいること。
・近年のMBA開校増加に見られるように社会人大学院生の数が増加しており、新たなマーケットとなりつつあること。
・スリムな経営が求められている今日において、大学からの出口である企業側も実践でやっていけるであろうスキルを大学で身に付けた学生を望んでいること。
上記のように実践に通用する学問が求められている現在において、昨年に文部省の認定を受けた「ビジネス・ブレークスルー大学院大学(専門職大学院)」は新設校ながら大競争時代にある大学が取るべき模範例であると感じている。
・ビジョン
基礎としてビジネス社会における共通言語である「論理的思考」をまず身に付ける。論理思考を学び、自ら理論的に考える力をつけながら、 大前研一の提唱する経済理論(「ボーダレスワールド」、「地域国家論」、「新資本論」)を学ぶことを主眼においている。その基礎の上にマネジメントについて体系的に学ぶために必要な、経営戦略、アントレプレナー、マーケティング、財務、組織人事、ITという6つの分野を置く。 講座の内容は基本的に理論とケーススタディーを併せたものとし、理論を実際の実務に応用しやすいように教育する。
・ターゲット
働きながら、本質的問題解決能力、グローバルな経営スキル、そして構想力を鍛えたいビジネスパーソン。
・コンセプト
世界屈指のコンサルタント、企業家、トップクラスの大学教授のTV講義と、インターネット・スタディツアー(現地ワークショップ)を組み合わせた受講システムにより、通学型MBAと同等のクオリティーを実現する。
これは、社会人大学院の例ではあるが、実学・時間という社会人のニーズに答えた例であり、また総合大学というマーケットとは差別化した新たな大学像であることは間違いないであろう。一言で言えばマーケティングの基本‘選択と集中’がしっかりとされている大学院といえる。
偏差値や伝統などで既にブランド化されている大学に対し、それらで対抗できない大学が競争を勝ち抜く条件は、上記のビジネス・ブレークスルー大学院のように選択と集中をしっかりすることで、生徒や出口である企業にアピールをする必要がある。近年、MBAにおいて学校数の増加により定員割れの大学も多いようで、実務経験の全くない学生が本来社会人大学院であるMBAに入学するケースが多い。これでは、大学が固執していたアカデミズムの質までもが低下していまう。定員数の維持は経営的な視点に立てば、大切なことであるが、受験生の視点に立てば、学力の質の低下は、その大学のブランドにはマイナスに作用するのは当然であり、新たなマーケットだからといってむやみやたらに、学部・学科を拡大するのは得策ではないように考えられる。つまり、単なる総合大学というだけのくくりではなく、専門分野に特化した学科を新設したりで評価を集めるような差別化集中こそがブランド化されていない大学の生き残りの道なのではと感じるのだが。

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