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歴史意識と倫理観の関係性について考えてみました

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社団法人倫理研究所の委嘱による倫理意識調査「日本人の倫理意識を俯瞰する」プロジェクトの研究成果発表を先週行った。同研究所のホールに100名程度の聴衆。早朝にも関わらず、当社のプレゼンテーションに対してビビッドな反応を頂いた。まずはこうした機会を頂いたことに深く感謝したい。

このプロジェクトで僕が意図したのは、以下の2つのポイントである。
①倫理観を科学する
「考え方」や「生き方」として扱うのではなく人々の意識行動の「原因」や「結果」として扱う。
②倫理意識を数値化する
議論を深めるための共通の前提と土俵を設ける。
上記2点をクリアすることにより、噛み合いにくい「倫理観問題」を議論可能なものにしたかったのである。そしてその目的は今回の調査により十分達せられた。達せられたが故に、新しい問題意識が生じてきた。それが倫理観と歴史意識との関係性についてのひとつの仮説である。

まずこの調査から明らかになったのは、60代以上の高年層を除き、50代以下の若年層では所謂「倫理意識」が毀損されていく傾向を示す、ということだ。若年層になるほど倫理的でない、という状況が見て取れる。
また保存されている倫理観と毀損が激しい倫理観がそれぞれ明らかとなった。これは年代を問わず同じ傾向を示している。今回問題にしたいのは毀損が激しい倫理意識についてである。全国の一般男女個人1,200名が評価した25の倫理コンセプトのうち、最も毀損されている倫理観とは「祖先や神仏に対する畏敬」であった。更にこれもまた若年層になるほど毀損されていく。
数々の文献や研究を引くまでもなく、倫理や道徳は共同体(民族、宗教、国家等)に根ざしたものと言える。共同体の求心力が脆弱化し、共同体意識が希薄になれば、その共同体に根ざした倫理・道徳も徐々にその力を失っていくだろう。例えば僕が小学生の頃と言えば昭和40年代となるが、放課後は神社で草野球をしたり、お寺の階段で飛んだり跳ねたりと、共同体独自の「歴史」や「死生観」を肌身に感じる機会はまだ存在していたように思う。都市圏への人口集中、少子高齢化などはこうした機会を壊すモーメントとして機能していることが予想される。
更に危惧されるべきは、昨今の靖国問題に代表されるように「歴史問題」を禁忌化するような潮流が定着することである。過去の歴史問題は外交的にも政治的にも十分に論議、整理される必要がある。近隣諸国や国際社会との間に適切な合意と理解を取り付けるには時間がかかることだろう。しかし、我々の世代を含む若年層を中心とした世代に対し「歴史」を語ること自体へのモチベーションを失わせてはならないと思う。連綿と続く時間の中で人々の繋がりを感じ、過去に学び、未来を創るために「歴史意識」は必要不可欠である。現在の政府行政の在り方は、「歴史」自体を触らない方がよいもの、語る事を避けるべきもの、という方向へ人々をミスリードしてしまう危険性を秘めているように思う。内容は別として、歴史を語ること、歴史を思うことの重要性を我々は今一度認識すべきなのではないか。それがあるべき倫理観の再興への近道なのではないか。そんなことを考えている。

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