「才能に敬意を払う社会」に住みたいなと考えました

「才能に敬意を払う社会」に住みたいなと考えました

 小室哲哉の引退という今日のニュースに触れて思ったことは、わたしたちの社会はもっと「才能」に対して敬意を持たなければならないということです。

才能というものは突如として世の中に現れて多くをもたらしてくれるものです。それはもちろん音楽だけではなく、その他の芸術や、スポーツや文学や、あるいは新しい発明や技術や科学だったりします。

そんな素晴らしい宝物をわたしたちの社会にもたらしてくれるのが、天才であり才能だと思うのです。極論すればそうした天才の才能に比せば、凡夫の基準での評価など毛ほどの価値もないと言ってもいいと思うのです。

 天才や才能はわたしたちの社会を様々な形で豊かに彩ってくれます。90年代の音楽シーンを思い出せば、誰もがそう確信できるはず。そうした才能を凡人の基準でいじくりまわし、結果的に貶めるような行為をわたしは好みません。

 ただでさえ90年代の自分の天才性と戦っていた孤独な才能に対して、それはあまりな仕打ちなのではないでしょうか。有名人だから好奇の目で見ていいということではない。彼が世の中を豊かにした才能だったかどうか、そしてその答えがYESだったのならその才能への敬意を持つべきであり、その場合の態度は自ずから明らかなのではないでしょうか。

 たとえば野口英世や湯川秀樹や山中伸弥や王貞治や長嶋茂雄や小澤征爾を、あるいは芥川龍之介を夏目漱石を村上春樹をわたしたちは同じように貶めることがあるのでしょうか。(敬称略にて失礼)

 天才の存在を喜び、敬い、最後まで愛する。わたしはそんな世の中に住んでいたい。そういう世の中にしていくような生き方がしたいと思います。微力ではありますが、そんな風にしていきたい。そんなひとたちと仲良くしていきたいと思います。

乱文失礼。

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