大学ブランディングとその是非について考えてみます

昨日は京都大学経営大学院の野沢先生、早稲田大学ビジネススクールの木村先生と表参道にてマーケティング論議を展開しました。なかなか楽しく有意義な時間でありました。本題は日本におけるマーケティングリサーチの現状とその課題、また有意義な結果を導くためのリサーチに必要な要件(人的、スキル的、ナレッジ的等)であり、これについては新たな行動を起こすことになりそうです。それはまた後日。大学教授であるお二人のお話の中で、大学について改めて考えたわけです。昨今、東京六大学のうちの何校かはUI(University Identity)の再構築プロジェクトを行い、結果としてVI(Visual Identity)を変更しているケースがあります。私はそもそもこの作業は必要なのか、と問いたいのです。

全入時代を迎え、学生の確保が困難になりつつある状況は理解できるとしても、大学を教育「産業」ととらえ、「教育サービス」を顧客に提供する主体と考えることが果たして社会的に有意義なのか。それは昨今ますます課題対応型或いは近視眼的になりつつある若年層のニーズに応えることに他なりません。しかし、本当にそれでいいのでしょうか。

大学は「知の拠点」であり続けるべきだと思うし、そう願いたいと思います。一方で知は、未知であるからこそ、魅力があるものです。知的好奇心とは、未知のものに対して持つものです。とすると、学生は「自分が知らないことを学ぶために」大学に行くはず。学生が持つ知的好奇心とは「自分が知らないということさえ知らない領域」の存在に対して生まれるものだと思うのです。大学はこの学生が「自らが知らないということさえ知らなかった領域」を提供する存在であるべきではないでしょうか。

大学は「サービス産業」であってはならない。大学が学生に分かりやすい「選択肢」を提示するべきではないと思います。「選択肢」になっているということは「選べる」ということであり、それは取りも直さず「知っている」ことが前提となっています。学生が予め「知っている」領域を提供するのでは、大学は「知の拠点」足り得ない。大学は学生に「未知の領域」の存在を知らせ、それを欲させる者であり続けなければならないと思います。それが「教育」であり、それは「顧客ニーズへの対応」とは異質なものだと思うのです。

今年2010年は「国民読書年」であり、読書の推奨とともに各所で「リベラルアーツ」についての論考が高まりを見せています。さらにこのタイミングで電子出版への流れがこの国にも押し寄せてきます。知について考えるにはとてもよいタイミングなのかもしれません。そうした拠点として大学には矜持を保って欲しい。つまらないイメージ戦略に堕さないで欲しい。心からそう願います。

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